結婚式 成功

地元から離れた土地での結婚式!幼馴染が出席できたわけとは?

私の夫は、大学時代にアルバイト先で知り合った人です。大学が地元から離れていて、当時1人暮らしでした。彼も大学生で、1人暮らしでしたが私とは違いその土地の出身でした。彼は私より2学年上で、就職は私より先に決まりました。当然と言うか、その土地の会社でした。その時に、ぼんやりと考えました。(この人と結婚することになったら、こっちで暮らすことになるんだろうな)と。そうなったら、地元の人とは疎遠になってしまうな、と漠然と思いました。

結婚話が本格的になった頃、彼を両親に紹介しました。ぼーっとした性格の私とは正反対の彼を見て、両親は、結婚そのものには喜んでくれましたが、私が離れた土地に行ってしまう点に関しては寂しそうな顔をしました。1人娘だったこともあり、大学を卒業したら地元に帰ってきてほしいと思っていたそうです。それでも、「お前が幸せになれるなら」と認めてくれました。ただし、私がまだ学生だったため、結婚は私が大学を卒業して就職してから、ということになりました。両親に認めてもらったので、私も大学のあった土地での就職先を探しました。そして、卒業間際になってしまったのですが、何とか就職先が決まりました。

彼との交際は順調に進み、正式にプロポーズをされました。お互いの両親に挨拶を済ませ、結婚式の準備を始めました。式場やプラン等が決まり、招待状も出した、という時になって、私の中にある不安が湧きました。絶対に呼びたい幼馴染の親友がいたのですが、彼女が住んでいるのが地元だったのです。以前、結婚式の日にちを知らせたところ、「前の日は仕事があるから、当日何が何でも行くよ」と言ってくれました。しかし、結婚式場があるのは、駅から離れた所でバスやタクシーもそれほど多い土地ではありません。このことを知ったら、いくら親友と言えど、来てくれない、というより来られないのではないかと思ってしまったのです。ちなみにその土地というには、常滑で結婚式をしました!

今さらとは思いつつ、親友に連絡をしました。「ごめん、場所が遠くて。無理はしなくていいからね」と伝えると、「何言ってんの!あんたの結婚式に行かないなんて、ありえないからね。っていうか、それ、全然問題ないから」と返されました。はて、と思って彼にこのことを伝えました。すると、「本当に抜けてるな、お前は」と笑われました。「この式場、無料のバス出してくれてるだろ。だから、大丈夫だ」と。そういえば、と思い出しました。すっかり忘れてしまっていたのですが、駅とホテルを往復するバスがあったのです。「これなら、親友も呼べる」と喜びました。でも、それをわざわざ親友が調べたのかと疑問は残りました。

宣言通り、結婚式に来てくれた親友に感謝を伝えるとともに、変な連絡をしてしまったことを謝りました。「まぁ、あんただからね。仕方ないよ」と笑ってくれた彼女に、そういえば、と疑問をぶつけました。「知ってたの?バスのこと」。すると親友は、「知らなかったよ。でも、これ」とバッグから出したのは小さな可愛らしいメモ帳でした。そこには、こう書いてありました。

「遠くからの出席となってしまいますが、新婦様はK様のご出席を心から願っておいでです。当式場は、無料のバスをご用意させていただいております。ぜひいらっしゃってください。」と。手書きでした。おそらく、親友の話を聞いたプランナーさんかスタッフの方が招待状と一緒に出してくれたのだと思います。無料バスのサービスももちろんですが、温かい気持ちになれたのは人の優しさのおかげなんだと実感しました。親友も「いいとこ選んだね」と笑っていました。

サプライズのお祝いメッセージ…届けてくれたプランナーに感謝!

私には、交際3年の結婚を考えている男性がいました。何度か実家にも遊びに来ていて、父も母も彼のことを気に入ってくれていました。父は彼のことをよっぽど気に入っていたのか、お酒が入るたびにニコニコと笑って言いました。「彼と結婚したら、お前は幸せになれるな」。いつの間にか、素面でも私の顔を見るたびに言うようになりました。それが、父の口癖になっていたのです。

しかし、結婚が決まり準備を始めていた頃、父が病に倒れました。末期のがんで、もう長くはない、とお医者様に言われました。父は、そんな自分の症状に気付いていたのか、「せめて、お前の花嫁姿くらい見たいなぁ」と毎日のように呟いていました。そこで、プランナーさんや式場のスタッフに事情を説明したところ、「撮りましょう、今すぐにでも」と前撮りの予定を早めてくれました。おかげで、父に私の花嫁衣装を見せることができました。写真でしたが、父は嬉しそうに笑ってくれました。その1か月後、父は亡くなりました。

父が亡くなって2年後、延期となっていた結婚式を挙げました。親戚や友人から祝福されましたが、1番喜んでほしい父はいません。(ああ、やっぱりお父さんに見てもらいたかった。今の私の姿を見たら、何て言ってくれるかな)。そう思わずにはいられませんでした。すると、披露宴の中盤で「では、これから祝電を1つ読ませていただきます」と司会者の声が響きました。予定にはなかったことでした。びっくりして新郎と顔を見合わせました。

『Rへ。結婚おめでとう。あの小さかったお前が、もうこんなに大きくなってしまったのかと思うと、嬉しい反面、少し寂しい気もするよ。前撮りの時のお前も綺麗だったけれど、やっぱり今日の方が綺麗だね。本物のお姫様みたいだ。…』祝電と言うよりも手紙のような長さのそれは、間違いなく父からのものでした。ここにいないはずなのに、まるで見ているかのような内容が続きました。手紙の最後は、こう締めくくられていました。『やっぱり、彼と結婚すればお前は幸せになれるんだな。良かった。末永く、幸せにな。』と。久しぶりの父の口癖、それも断言するようなその言葉に、涙が溢れて止まりませんでした。

前撮りの写真を見た後、父はこの手紙を書いたそうです。どうしても、結婚式で私にメッセージを送りたい、と。母に預けられたその手紙は、後日プランナーさんに渡りました。プランナーさんは父の話を聞き、どうにか披露宴のプランに加えられないかと考えてくださったのです。それも、せっかくだからサプライズにしよう、と私達には内緒で。知っていたのは、母だけでした。届くはずのない父からのメッセージを届けてくれた母とプランナーさんには、感謝してもしきれません。

スタッフの気遣いで私の緊張も解けて和やかな結婚式ができました

私は極度の緊張しいです。小さい頃から、人前に出ることが苦手でした。大人になってからは少しはマシになりましたが、それでも人前で話をするような時にはすぐに顔が赤くなってしまうのです。そんな私が結婚式を挙げることになった時、とにかく緊張でとんでもない失敗をしないかが心配でした。夫も私の性格を知っていたので、なるべくアットホームな式にしようと言ってくれました。

申込をした式場は、スタッフさんの雰囲気がとてもいいところでした。ここに決めたのも、見学をした時にプランナーさんがとても話しやすい方だったからです。そして式の打ち合わせをしている時、すぐに緊張してしまうことを相談しました。するとプランナーさんは、「大丈夫ですよ。皆様、そうですから。失敗がないように動くのも、私達の役目ですから。どうか安心してください。それに、ここでは緊張をほぐせるようにと、ブライズルームをご用意させていただいていますから」と話してくれました。ブライズルームとは、挙式当日の着付、メイク、お色直しができる部屋のことだそうです。そんな部屋があったのかと、目から鱗でした。

そして結婚式当日。プランナーさんからはああ言われたものの、やっぱり朝は緊張していました。着付けの時間になっても心臓がうるさく鳴っています。(ああ、やっぱりダメだ…)せっかくの結婚式なのに、憂鬱な気分になってしまいます。夫はそんな私を見て、心配そうな顔をしています。彼にそんな顔をさせてしまっているのが申し訳なくて、自己嫌悪の中、案内されたブライズルームへ入りました。すると、そこは童話の世界に出てきそうな、可愛らしい部屋でした。優しい光は電気ではなく、窓から入ってくる自然光。部屋の中央には、ソファと小さなテーブル。中でも1番目立っていたのは、メイクドレッサーです。私が普段使っているものとは比べ物にならないくらい可愛いものでした。とにかく可愛いとしか言えないその部屋に、少しだけ結婚式が楽しみになりました。

「可愛い部屋ですよね。これ、うちの自慢なんです」そう言って、入ってきたのは、プランナーさんでした。「今、とても綺麗な顔をされていましたよ。今みたいに、『可愛い』とか『楽しい』って思っていれば、結婚式の緊張なんてすぐに飛んでしまいますよ」と話しかけてきたのは、着付けをしてくれるスタッフさんでした。それに賛同したのはメイクさんです。その時になって、何だか心が軽くなっていることに気づきました。着付けとメイク中も、プランナーさんやスタッフさんはずっと色々な話をしてくれました。そのおかげで、支度が出来上がった頃には私の気分はすっかり上がっていました。彼と合流した時に、彼が少し驚いた顔をしていたのは、私の顔がブライズルームに入る前と全く違ったからでしょう。それくらい、変わったことに自覚もありました。

式が始まってからも、確かに緊張はしました。でも、嫌な感じではないのです。披露宴の時もずっと笑っていられました。普段の私を知っている友人は、「何だか落ち着いてるね」「新婦が緊張してると、こっちまで緊張しちゃうからさ。良かったよ」と言っていました。彼が安心しているのがわかって、「心配かけてごめんね」と言うと、「いや、良かった」と笑ってくれました。その顔を見て、ここで結婚式を挙げられてよかった、と心から思いました。

やっぱり結婚式をしてよかった!最初は渋っていた私がそう思った訳

私は目立つことがあまり好きではありませんでした。だから、結婚やドレスに憧れはあったものの、結婚式はやらなくても良いかなぁ、と思っていました。私の結婚は友人同士の中でも早く、まだ結婚式に出席したことがないというのも理由の1つでした。でも、夫や家族には「絶対に結婚式はやろう」と言われました。やりたくないと思っているのは私1人だけです。どう考えても勝てるわけがありません。しぶしぶ、結婚式をすることに納得しました。

式はいつ挙げるか、式場はどこが良いか、どんなドレスを着たいか、式のコンセプトはどうするか、誰を招待するか。決めなければいけないことがたくさんありました。この時の私は、こういうことが全部面倒くさいと思っていました。だから、ある程度の希望は伝えたものの、細かなことは夫に任せればいいやと思っていました。ところがある日、そんな私の態度についに夫の我慢が限界に達しました。「いい加減にしろよ!こういうのって、2人で考えなきゃ意味ないだろ!?そんなにやりたくないなら、もういいよ。嫌々やるなんて、来てくれる人にも失礼だ」普段は温厚な夫が怒るなんて、そんなに結婚式って大事なんだろうか。そう思って、インターネットで結婚式の体験談を見てみました。すると、ある言葉が私の心に響きました。「感謝の思いを伝える」ということでした。

(そうか、自分達のためだけにやるんじゃないんだ)それなのに、私のあんな態度。夫が怒るのも当然でした。すぐに夫に謝りました。「ごめん。私の我儘だった。今度はちゃんと考えるから。だから、結婚式を挙げさせてください」そう言うと、夫は「俺こそごめん。ちょっと言い過ぎた」と謝ってくれました。それからは、私も真剣に考えました。そうなってから気づいたのですが、式場のスタッフさん達も一生懸命考えてくれるのです。その姿勢は、今までの自分が恥ずかしくなるほどでした。自分達でも考え、どうしてもわからない部分はプランナーさんがアイディアを出してくれて、式の準備は着々と進んでいきました。

そして当日、招待した親戚や友人、何より家族の顔を見て、私は「やりたくない」と言っていた時の自分を反省しました。誰もが、笑顔で祝福してくれるのです。披露宴では、プランナーさんに勧められたムービーを流しました。2人の幼少期から結婚するまでの写真とともに、招待した人達への感謝のメッセージを載せました。その写真を見た時、ふと、「この時の私は今より我儘だったな」とか「この直前に熱を出して、お母さんを心配させたな」という記憶が蘇りました。今まで、家族にずっと支えてもらってきたんだ、そう思った途端、涙が出てきました。そして、本当に結婚をしたんだ、という実感をもちました。突然泣き出した私に、夫はびっくりしていましたが、「ごめん、ちょっと色々思っちゃって。結婚式、やってよかった」と伝えると、「そっか」と優しく笑ってくれました。両親への感謝の手紙を読んだ時は、父親が号泣してしまい、もらい泣きでまた泣いてしまいました。その日来てくれた親戚や友人に何回も「おめでとう」と言われ、その回数文「ありがとう」を伝えました。こんなに人と触れ合えたのは初めての気がしました。

あれから、2年。周りの友人にも結婚する人が増えてきました。中には「結婚式やらなくても良いかな」と当時の私と同じことを言う人もいます。そんな友人には必ずこう言います。「絶対やった方が良いよ。絶対」その話をすると、夫は「お前だって嫌がってたくせに」と笑います。でも、だからこそです。あの時の私のように、きっとたくさんのことを感じられると思うのです。

花嫁のブーケは式場のものでなくてもOK!大切な人に作ってもらおう

30歳になる直前、結婚が決まりました。相手は、同じ大学の先輩のIさんです。誠実な人柄で、最初は結婚することに少し不機嫌になっていた父も、結局は認めてくれました。私には、3歳上の姉がいます。優しい人なのですが、出会いに恵まれないのか未だに独身です。でも、姉はそんなことを気にする風もなく、料理に手芸に、はては茶華道といったありとあらゆる習い事に没頭し、その腕を上げていました。私の結婚が決まった時期は、フラワーアレンジメントを習っていて、私にもよくプレゼントしてくれました。

結婚式の準備をしている中で、ブーケの話になりました。式場の方に、「こちらでももちろんご用意できますが、知り合いの方で作れる人がいれば持ち込みも可能ですよ」と教えてもらいました。その話を聞いた時、ふと姉の顔が浮かびました。確か、姉はフラワーアレンジメントの技術を生かし、友人の結婚式で使うブーケをいくつも作っていたはずでした。作ってもらいたいな、と1度は考えましたが、すぐにやめました。私の結婚式と同じ時期に友人の結婚式が重なり、ブーケをいくつも作ることになったらしい、と母から聞いていたのです。「ちょっと大変そう」という母の言葉が頭に浮かびました。そんな時に、さらに妹のブーケまで頼めない。そう思って、「そちらで作ったものを使わせてください」そう頼んでいました。

そんな話をした翌日、姉から電話がかかってきました。「ブーケの花の色、何色が良い?」唐突に聞かれたそれに、一瞬何を言われているかわかりませんでした。「え、何が?」「いやいや、何が?じゃないでしょ。ブーケ。結婚式の。どんなのが良い?」「えっと、式場に頼んじゃったんだけど」正直にそう言うと、「はぁ?」と明らかに不機嫌な声が返ってきました。あ、ヤバい。そう思って、「だって、お姉ちゃん忙しそうだってお母さんから聞いたから」と説明しました。すると、ため息が返ってきました。そして、「あのね、そりゃ確かに忙しいけど、友達のブーケ作っといて妹の分作らないとか、ないからね」とはっきり言われました。「それとも何?私の作ったのじゃヤダ?」嫌なわけありません。本当は、作ってほしいな、と思っていたのですから。そう伝えると、「良かった。で?やっぱりピンク系?」とすかさず聞いてくる姉に、1つだけリクエストをしました。「お姉ちゃんに任せるよ。当日楽しみにしてる」

急いで式場に連絡して、ブーケを持ち込みにさせてほしいと頼みました。プランナーさんは、「もちろん大丈夫ですよ。よかったですね」と言ってくれました。そして結婚式当日。姉が作ってくれたのは、ピンク色と薄い黄色やオレンジの入ったブーケでした。ピンクは私が好きな色ですが、黄色とオレンジは?と疑問に思って聞いてみると、「Iさんの好きな色でしょ?で、その2色混ぜたらオレンジになるでしょ」と解説されました。「本当はもっと、花言葉とか色々考えたかったんだけどねぇ。誰かさんが遠慮したせいで時間なくって」苦笑しながら文句を言われました。でも、私にはこれで充分でした。ちゃんと私達のことを考えて作ってくれたとわかったからです。「ありがとう」お礼を言うと、姉は笑顔でこう言ってくれました。「どういたしまして。おめでとう。良く似合ってるよ」と。嬉しそうなその顔に、ああ、頼んでよかった、とそう思いました。ブーケトスでブーケをゲットした友人は、「すっごく綺麗だった」と絶賛してくれました。

40代の結婚式は同世代のプランナーさんのおかげで大成功!

40代になって、ようやく結婚することができました。両親はもちろんのこと、友人も喜んでくれました。そして会う人会う人が言うのです。「結婚式はどうするの?」と。正直なところ、結婚式は挙げなくてもいいかな、と思っていたのです。もう40代だし、今さらドレスを着てもなぁ、と。それに、何より不安だったのはプランナーさんです。私より若い人が多いだろうし、こんなおばちゃんの相手もしたくはないんじゃないかな、とそう思ってしまったからです。

ところが、仲の良い会社の同僚に言われました。「何歳になったって、結婚式は挙げた方が良いわよ。そりゃ、ちょっとは気恥ずかしけどね。でも、それよりもやって良かったっていう方が強いんだから」と。彼女は去年、私同様40代で結婚した人でした。そこで、思い切って不安を打ち明けてみました。「プランナーさんって若い人ばかりじゃないんですか?」「ああ、それが不安だったんだ?わかるよ、私もそうだったもん。でも、私が挙げた所は、同年代の人がいたから。その辺は特に問題なかったかなぁ」「それ、どこの結婚式場ですか?」教えてもらった式場は、私達の住んでいる所からそれほど離れた場所ではありませんでした。突然結婚式がしたいと言った私に、夫は驚いていましたが、元々結婚式を挙げたがっていた夫です。理由を話すと、そういうことなら、と快諾してくれました。

教えてもらった式場には、確かに私と同年代と思われるプランナーさんがいました。「若い子が多いと浮いちゃうんですけどね」と苦笑しながらそう話すプランナーさんでしたが、年代が上なだけあってベテランです。ちょっとした相談にも乗ってくれて、解決策もすぐに出してくれました。提案してくれるアイディアも完璧です。そして何より、私達をリラックスさせてくれるのがとても上手でした。私も夫も初婚です。結婚式は、友人のものには何度も行きましたが、まさか自分がその主役になるなんて思ってもみなかったのです。そんな私達に「誰だってそうですよ。私だって、こんな仕事をしていてもやっぱり自分の時は緊張したんですよ」穏やかな顔でそう言ってくれたおかげで、そういうものなのか、と緊張が和らぎました。年代が同じなので、話も合うのです。そのため、打ち合わせもとても楽しく行うことができました。

そして、結婚式当日。やっぱり緊張している私に、プランナーさんが言ってくれました。「大丈夫ですよ。お2人は最高のプランを考えたじゃないですか。安心してください」その言葉通り、結婚式は大成功でした。招待していたあの同僚は、「ね、良かったでしょ?」となぜか得意げに言っていました。まぁ、確かに彼女のアドバイスのおかげなので素直にお礼を言っておきました。披露宴の時、なぜかプランナーさんが涙ぐんでいるのが気になりました。式が終わった後、プランナーさんにお礼を言いました。すると、「ダメですね。やっぱり、同世代の方の結婚式だと、妙に感情移入してしまっていつも泣いてしまうんです」と苦笑しながら話してくれました。思わず笑ってしまいました。こんな素敵なプランナーさんと出会うことができて良かったです。おかげで最高の結婚式になりました。

病気の父に花嫁姿を見せることができて良かった

私は急いでいました。どうしても、結婚して幸せになる姿を父に見せたい。彼に逆プロポーズをしたのも、その思いが強かったからです。私の父は、病気で余命を宣告されていました。入院してからの父の口癖が「まだ結婚しないのか。お前が幸せになる姿を見なきゃ、俺は安心できない」でした。私には、当時付き合っていた彼氏がいました。でも、なかなかプロポーズをしてくれません。私は彼が好きだし、結婚も考えて付き合っていました。だからこそ、父の言葉に焦っていたのです。

思い切って逆プロポーズをすると、彼はびっくりしたようでしたが、父のことを知っていたためか、「そうだよな。ちゃんとお父さんには認めてもらわなきゃだもんな」と即OKをしてくれました。その翌日、すぐに病院に行って、父に結婚の報告をしました。父は「そうか、よかった」と言ってくれました。でも、その時に思ったのです。父に花嫁姿を見せたい、と。きっと、言葉にはしなかったものの、父も同じ気持ちだったと思います。だから、次は結婚式のことで悩みました。すぐに式を挙げられるプランがあることも知っています。でも、父には式に出席するだけの体力はないでしょう。お医者様からも、外出は控えるようにと言われていました。だから、必死で探しました。結婚式を挙げなくても、父に花嫁姿を見せられる方法を。

見つけたのは、「フォトウェディング」というものでした。結婚式を挙げなくても、式場で写真を撮ったり、色々な衣装を着たりできるというのです。すぐにそれを行ってくれる式場に申し込みをしました。事情を説明すると、スタッフさんは「それなら、急いで撮りましょう」と言ってくれました。そこからは、スタッフさんに助けられながら打ち合わせを進めました。何しろ、私も彼も初めてのことです。それを、急ぎでやらなければならないため、もっとわたわたすると思っていました。でも、ベテランのスタッフさん達がいてくれたので、スムーズに撮影の日を迎えることができました。私達は、白無垢での撮影と、2人が初めて出会った公園での撮影、それからドレスを着たチャペルでの撮影をすることになりました。式場での写真は、どうしてもほしかったのです。

そして、撮影日当日。コーディネーター兼カメラマン、ヘアメイクさんがついてくれて、完璧にサポートされた中で撮影が行われました。当日、さすがに緊張していた私達ですが、カメラマンの方がとてもおもしろい人で、緊張をほぐしてくれました。おかげで、最高の写真を撮ることができました。できあがった写真を持って病院に行きました。「見せたいものがあるんだ」と言って、父に写真を見せました。「綺麗だな。白無垢が良く似合ってる」「あ、ドレス姿も良いな」「公園で撮ったのか?すごく楽しそうだ」写真を見て、1枚1枚に感想を言う父の目には、涙が浮かんでいました。全部の写真を見た後で、「よかった。写真の中のお前は、すごく幸せそうだ」と嬉しそうに言いました。「そうだよ。彼となら、私、ちゃんと幸せになれるから」父の手を握ってそう伝えると、「うんうん」と頷いてくれました。

それから1か月後、父は亡くなりました。本当は結婚式に招待したかった、という思いは今でも消えません。でも、写真を見た時に握った父の手が、最後にギュッと強くなったこと、「ありがとう」と何度も言っていたことで、父が喜んでくれたことはわかりました。だから、あの時のフォトウェディングという方法は決して間違っていなかったと思えるのです。今度、結婚式を挙げます。あの時と同じ式場で、あの写真と同じように笑う私の姿を、天国の父に見てほしいのです。

結婚式は諦めていた私…でも低価格で実現できました

学生時代から付き合っていた彼と結婚することになりました。でも、結婚式は挙げられないと思っていました。これから家を購入したり引っ越ししたり、子どもも欲しいのでその養育費。出費が多くなるのは目に見えていました。本音を言えば、結婚式は挙げたい。でも、結婚式をするには何百万も必要と聞いていました。お金は無駄にできない。そう思い、結婚式を諦めることにしたのです。

そんな私にある日夫がこう言いました。「結婚式、本当にしなくていいの?」と。私の気持ちを知っているはずの夫にこう言われ、少しムッとして言い返しました。「やりたくないわけじゃないよ。っていうか、どっちかって言うとやりたいし。でも、お金使えないでしょ」と。すると、夫があるパンフレットを出してきました。「格安結婚式って言うんだって。確かに、何百万円も使えるわけじゃないけど、これくらいなら出しても良いんじゃないかな?」そう言われ、パンフレットを見ると、「50万円以下でできる格安結婚式」の文字が。「高いドレスを着たり豪華な披露宴をしたりはできないと思うけど、でも君さえよければ俺は結婚式がしたい」真剣な顔でそう言われ、言葉が詰まりました。

少し考えただけで、すぐにその提案に賛成しました。私も別に、結婚式の内容にこだわりがあったわけではありません。ただ、結婚式そのものに憧れていただけなのです。だから、安く挙げられるならむしろ望んでいたことでした。何より、夫がここまで考えてくれたことが嬉しかったのです。親からは、「お金なら出してあげるから、ちゃんとしたのしたら?」と言われましたが、「これが良いの!」とその申し出を断りました。

ただ、結婚式の中で1つだけ気になることがありました。それは、引き出物です。私達の結婚式ですから、別に豪華でなくても構いません。でも、わざわざ来てくれる参列者への引き出物には明らかにお金のかかっていないものは渡せません。そのことをプランナーさんに相談すると、「ドレスや演出の費用を削れば、料理や引き出物をランクアップさせることができますよ」と教えてくれました。夫とも相談して、そうしよう、ということになりました。

そして当日、料理と引き出物が豪華になったことで、参列者からの評価も上々。私も念願のドレスを着て結婚式を挙げることができました。披露宴の時、隣に座る夫に「ありがとう」と伝えると、「何が?」と不思議そうな顔をされました。(わかってないなら、まぁいっか)格安婚を教えてくれてありがとう、結婚式をしたいと言ってくれてありがとう。それを伝えたかったのですが、気づいていない夫。家に帰った時、改めて言ったら顔を赤くして、「どういたしまして」こちらこそ、ありがとう。そう返されました。

前例がない挙式!叶えてくれたのはスタッフさんでした

私と夫は、神社仏閣が大好きです。付き合っていた時期、2人で厳島神社に旅行に行きました。その時、ちょうど結婚式をやっていたのです。白無垢を来て、人力車に乗って周りの旅行客からも祝福される新婦。とても綺麗で、それと同時にとても羨ましかったのを覚えています。だから、結婚が決まった時、ぼんやりと「神社で結婚式がしたいなぁ」と思っていました。彼は最初驚いていましたが、厳島神社での話をすると「それなら、できそうなところを探してみようか」と言ってくれました。

いくつか式場をまわりましたが、なかなか神社での式を挙げられるところはありません。もう諦めてしまおうかと、最後の式場にダメ元で入りました。その式場は、たとえ神社挙式ができなくても十分素敵な結婚式ができると思ったところでした。事情を説明すると、「今まで神社挙式を挙げられた方がいらっしゃいませんので…」とこれまで何度も聞いた言葉を言われました。「そうですかそれなら」ここにあるプランで良いです、そう言おうとした時です。「ちょっと他のスタッフに聞いてきますね。私だけでは決められませんので」そう言って、スタッフさんは席を外しました。彼と2人、唖然としていると先ほどのスタッフさんが戻ってきました。「前例はありませんが、できると思います。やりましょう。神社挙式」思いがけない言葉でした。

それからは思った以上に大変でした。何しろ、式場初の試みなのです。スタッフさんたちが慌ただしく動いているのを見て、1度言ったことがありました。「ごめんなさい、私がわがまま言ったせいで、皆さんが大変になっちゃって」と。するとプランナーさんは笑って言いました。「お2人の大切な1日のためです。謝らないでください。それに、これが成功すれば、神社で式を挙げたいという方の願いをまた叶えられるんですよ」私達こそ、チャレンジをしてしまってごめんなさい。そう最後に冗談めかして言うその言葉に救われました。

大変だった準備も終わり、いよいよ結婚式当日。初めての白無垢に、私も緊張しました。でも、それよりも緊張している夫を見て何だかホッとしました。初めてとは思えないほどスタッフさん達の動きは完璧で、大きなトラブルもなく無事式を挙げることができました。友人からは「神社が好きなのは知ってたけど、まさか結婚式まで挙げちゃうなんて」とからかわれつつも祝福されました。余談ですが、私の白無垢姿を1番喜んだのは祖父でした。「さすが、ばあさんの孫だ。よく似合っとる」と、亡き祖母のことを思い出しているようでした。

後日、式場に行きました。最初にわがままを聞いてくれたスタッフさんと当日まで相談に乗ってくれたプランナーさんに、会ってお礼を言いたかったのです。「最高の結婚式を挙げられました。本当にありがとうございました」と言うと、プランナーさんが「お礼を言うのはこちらです。あれから、神社で式を挙げたいと仰る方がたくさんいらっしゃいまして。お2人がいたからこそ、次の方に繋がったんですよ」と笑顔で返されました。スタッフさんも頷いています。まさかそんなことを言ってもらえるなんて思ってもみませんでしたが、何だか安心しました。最高の思い出だけでなく、終わった後も気持ちを楽にしてくれたプランナーさんとスタッフさんには、本当に感謝しかありません。

マタニティプランで無理なく結婚式ができました

2年間付き合っていた彼氏からプロポーズをされた2か月後、妊娠がわかりました。大人しい印象の彼でしたが、飛び上がる勢いで喜んでくれました。まだ結婚式場も決めていない状況だったので、結婚式は諦めようか、という話を彼としました。彼は「ええ…」と不満げでしたが、私はもともと、結婚式は挙げなくてもいいかなぁ、と思っていたのです。すると後日、彼が「マタニティプランっていうのがあるんだって!」と興奮気味に帰ってきました。

「体調もどうなるかわかんないし、別にやらなくてもいいじゃない」と言いましたが、彼氏は、夫にもなって父親にもなるんだから、ちゃんとけじめはつけたい、とわかるようなわからないような持論を展開してきました。最初は乗り気でなかった私でしたが、話を聞いているうちに、じゃあ、1度行ってみるくらいなら、と式場の見学をさせてもらうことにしました。

一言で言ってしまえば、完全に惹かれました。見学に行った日、スタッフの方が、私が妊娠しているとすぐに気づいてくれました。何でも、「お母さんの顔をされていますし、何より旦那様を見ればわかりますよ」ということらしいです。言われてみれば、あれから彼は過保護になっていました。それでもすぐに気づくなんて、さすがプロ、と感心しました。通された部屋は、気持ちの落ち着くBGMがかかっていました。そして、特性のドリンクを出してくれました。ここでなら、きっといい結婚式ができる。そう思った時には、結婚式の申込をしていました。彼も私の変わり身の早さに驚いていましたが、それでも満足そうでした。

打ち合わせは、最初に通された部屋で行われました。常にBGMがかかっていて、特性のドリンクを出してくれるのです。話を聞いたら、妊婦の気持ちを落ちつけられるようにマタニティプランの人はここで打ち合わせをするのだそうです。少し体調が悪くなると、すぐに打ち合わせを中断して「ゆっくり休んでください」と言ってくれました。打ち合わせに何カ月もかけることなくわずか1か月で結婚式を迎えることができたのは、こうした気遣いとプランナーさんの完璧な提案のおかげだと感謝しきりでした。当日の料理も、私のその日の体調に合わせてワンプレートを作ってくださいました。本当に至れり尽くせりでした。

結婚式では、妊娠の報告もしました。最も、新郎の態度とスタッフさんたちの動きで完全にバレていたようでしたが。「おめでとう」と言ってくれた親戚や友人の顔を見て、結婚式を挙げて良かったと心から思いました。素敵な結婚式を挙げさせてくれた式場のスタッフさんと、この結婚式を提案してくれた夫に、心からのありがとうを伝えました。赤ちゃんが生まれたら、この子と一緒にもう1度お礼に行きたいです。

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